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隔週末の作曲家談議 vol.009:谷岡久美

作曲家について語るコラムです。

vol.009で扱うのは谷岡久美(たにおか・くみ)氏。

代表作は「チョコボ」「FFCC」「逆転オセロニア」など。

なお、記事に記載された内容はすべて2019年4月27日現在のものです。

まずは一曲。

www.youtube.com『Gustaberg』(ファイナルファンタジーXIPS2/2002年)

ファイナルファンタジーシリーズ初のオンラインMMORPGとして登場した同作において、岩石砂漠グスタベルグにて流れるのがこの曲である。物語の舞台となるクォン大陸の南部に位置する工房都市バストゥークを囲むように広がるたグスタベルグの大地は、草木も生えぬ厳しい環境であり、唯一鉱物資源に関しては非常に恵まれていることが特徴的だが、そうした寂寞たる山岳地帯を、アコースティックギターの優しげな伴奏やフルートの透き通る旋律によって静かに彩ってくれる。谷岡氏の得意とする一種独特な静謐感が見事に表現された一曲である。

谷岡久美氏、1974年生まれ、広島県出身の作曲家。得意楽器はピアノ。クラリネットや琴、三味線、ドラムなどの演奏経験もある。作曲は6歳というかなり早い段階で始めていた。大学時代は音楽表現論を学び、神戸大学混声合唱アポロンのメンバーだった。1998年にスクウェアに入社するが、それと前後して彩京にも所属し、同社のアーケード用格闘ゲーム「堕落天使」(1998年)にて一部サウンドを務める。スクウェア入社後に初めて担当した作品はチョコボの不思議なダンジョン2(1998年)であり、前作は同じく当時スクウェアに所属していた先輩の浜渦正志氏が単独で作曲していたが、同作では新人の谷岡氏含め複数の作曲家が腕によりをかけて様々な楽曲を書き下ろしている。そうしたなかで、谷岡氏の豊かな感性から生まれる情緒あふれる作風は、この時点ですでに頭角を現している。

www.youtube.com『試練の時』(チョコボの不思議なダンジョン2/PS/1998年)

数あるダンジョンのうち、特に山岳系や海底系のダンジョンなどで流れるこの曲は、ハープの流麗な音色とストリングスやフルートのアンサンブルが一際美しい一曲である。静かに決意がみなぎっていくような、幻想的な魅力にあふれた音使いが、いかなる困難を乗り越えてでも前へ前へと進みたい気持ちを駆り立ててくれる。その一方で、同作においてトラウマ級の強敵として名高いオメガと対峙するフロアでもこの曲が流れることから、底知れぬ脅威に対する畏怖の念を抱かせるような、そういう神秘的な響きも帯びている。まさに曲名通り、試練の時を彩るにふさわしい一曲である。

続いて氏はチョコボの満10歳記念を祝して発売されたチョコボコレクション」(1999年)にて、三つある収録作品のうちの一つであるダイスDEチョコボサウンドを全曲単独で手がける。チョコボシリーズでの作曲は(スピンオフの魔法の本には携わらなかった経緯から)同作以降しばらく離れることになるが、正統続編として発売されたチョコボの不思議なダンジョン 時忘れの迷宮(2007年)でカムバックを果たす。また、これらのゲームジャンルとは異なるプロレスゲーム「オールスタープロレスリング」(2000年)などでも作曲を務め、スポーツゲームらしい熱量たっぷりなサウンドを生み出す。チョコボシリーズを経てFFの本家シリーズにも参加することになり、植松伸夫氏や水田直志氏らとともに「ファナルファンタジーXI」(2002年)の作曲を任せられる。

2003年にスクウェアエニックスが合併し、谷岡氏もスクウェア・エニックス所属の作曲家として再始動すると、同じ年にFFシリーズの新たな幕開けとも言える任天堂ハード向けアクションRPGファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル(2003年)において、すべての楽曲を作曲する。同作では西洋の古楽器を効果的に用いた珠玉の良曲が揃っていて、「民族音楽だけど地域にとらわれない音楽」を念頭に、いずれの楽曲ものどかで温もりあふれる仕上がりとなっている。

懐古調の優しげな作風を得意とするなかで、それとはおよそ真反対の硬派なSFサウンドも手がける。2005年にスクエニニューコンセプトブランドとして登場した新プロジェクト「コード・エイジ」において、三種類(漫画、携帯向けゲーム、PS2向けのゲーム)のメディアミックスのうち、サウンドを必要とする二種類のゲーム作品で作曲を務める。特にPS2向けのコード・エイジ コマンダーズ ~継ぐ者 継がれる者~」(2005年)は、コード・エイジシリーズの中核にあたる作品で、荒廃した世界を舞台としたサイエンス・フィクションらしいシリアスなサウンドが一通り揃っている。

www.youtube.com『メインテーマ』(コード・エイジ コマンダーズ ~継ぐ者 継がれる者~/PS2/2005年)

同作のメインテーマとして、スタッフロールなどで流れるこの曲は、小刻みに震えるかのように奏でられる繊細な音色が印象的な一曲である。雄大なオーケストラサウンドでありつつ、機械や金属を思わせる冷たい高音が近未来的な雰囲気を醸し出す。温かみのある作風に定評のある氏だが、この曲をはじめ、同作の楽曲は底冷えするような無機質なものが多く、無機質さのなかにかすかな人情味が宿る特異な世界観を形成している。

2006年にはXbox360向けのシューティングPROJECT SYLPHEEDにも携わり、同じくスクエニ所属の福井健一郎氏や仲野順也氏とともにシャープでエレクトロニックなテクノサウンドを生み出す。こうして幅広いジャンルでの作曲を経験した後、再びFFCCシリーズにて谷岡氏の真骨頂とも言える柔らかで穏やかなサウンドを手がける。シリーズ第2弾のファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル リング・オブ・フェイト(2007年)では、前作がはっきりとしたシナリオを持たないマルチプレイがメインだったが、同作からシナリオ重視のシングルプレイも搭載されるようになり、より重厚になった世界観にあわせて、明暗のメリハリに富んだ楽曲をつくり出している。

www.youtube.com『捨てられた街』(ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル リング・オブ・フェイトNDS/2007年)

レベナ・テ・ラ、前作では隕石の衝突により瘴気が蔓延する魔都だったが、前作よりも8000年以上遡った過去の時代を舞台としている同作では、廃墟と化す前の栄華を極めた状態で登場する。同作の冒険の拠点でもあるこの地の旧市街、通称見捨てられた街は、そうした繁栄の影で、魔物が巣食うダンジョンとなっている。そこで流れるこの曲は、激しく情熱的なストリングスやせわしなく響き渡る木琴の伴奏と、その上を軽やかに走り抜ける笛の音によるハーモニーが心地良い一曲である。力強い伴奏により、過酷で熾烈な空気感をつくり出す一方で、主旋律はあくまで叙情的で哀愁たっぷりに奏でられ、レベナ・テ・ラに潜む光と影を端的に表現している。

以降もしばらくFFCCシリーズは氏が専属で作曲を務めるが、最新作のファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル クリスタルベアラー(2009年)では数曲のみの作曲に留まり、スクエニ所属の岩崎英則氏と山﨑良氏に大半の楽曲の作曲を任せる。谷岡氏は2009年にスクエニを退社し、フリーランスの作曲家としての活動を始める。翌年には任天堂スクエニの共同開発作品であるMARIO SPORTS MIX(2010年)にて、祖堅正慶氏とともにハチャメチャなサウンドを生み出したほか、数多くのフリーの作曲家たちが一堂に会するマーベラスの超速ドラマチックRPG勇者30 SECOND」(2011年)にも楽曲を提供することになる。2012年にはMMORPGラグナロクオンラインを下敷きにしたハンティングアクションラグナロク オデッセイにて全曲単独で作曲し、翌年に新要素を加えて発売された拡張版ラグナロク オデッセイ エース」でも引き続き作曲する。同作は北欧神話をモチーフに、巨人と人類の生き残りを賭けた戦いを描いた作品で、豊かな自然を彩る美麗なサウンドと、狩るか狩られるかの凄絶な激闘を彩る白熱のサウンドが、いずれも高いクオリティでまとまっている。

www.youtube.com世界樹を望んで』(ラグナロク オデッセイPSV/2012年)

同作およびエースのタイトル画面で流れるこの曲は、眼前に聳える巨大な世界樹の圧倒的な存在感を丸ごと音で表現したかのような一曲である。北欧神話において世界樹ユグドラシルは世界そのものとも言える大いなる存在であるため、この曲もまた同作の世界観をそっくりそのまま包み込むような壮大さにあふれている。トランペット、ストリングス、ハープ、オーケストラの花形楽器が協調して生み出す優雅で幽玄なメロディーラインは、この先に待ち受けるであろう狩人たちの遥かな冒険の始まりを静かに告げてくれる。

フリーになってからはゲームに限らずスマホ向けの絵本アプリのBGMを手がけるようにもなる。また、絵本のようなRPGというコンセプトで登場したstudio R.E.E.Lのアプリ「マユモリ」(2013年)では、毛糸のような質感で統一されたキュートな世界観に見合った牧歌的なサウンドをつくり出す。同じ時期に元コーエーテクモの中條謙自氏が立ち上げたサウンドプロダクションATTIC INC.に加わり、以降は業界・国籍・ジャンルの垣根を越えたサウンドづくりに意欲的に挑戦するようになる。CD制作やコンサート活動にも活動のフィールドを広げ、ゲーム音楽フェス「沖縄ゲームタクト2014」では氏自らがピアノを演奏したほか、トークショーもおこなった。ゲーム方面では大乱闘スマッシュブラザーズ for Nintendo 3DS / Wii U(2014年)にてアレンジャーとして参加し、のどかな作風を活かしてどうぶつの森のタイトル曲をアレンジしたり、プロレスやスポーツゲームでの作曲経験を活かしてパンチアウトのカウントダウンBGMを現代風に編曲したりした。PCのブラウザゲームにも楽曲を提供する機会が増え、アピリッツの和風MMORPG「かくりよの門」(2014年)にて豪華作曲陣の一員として和風サウンドを書き下ろしたり、同じくアピリッツの大航海シミュレーション「蒼海の武装商船」(2016年、サービス終了済み)にて大航海時代にふさわしいロマンあふれる楽曲を書き下ろしたりする。

2016年にはDenaスマホ向け対戦オセロバトルゲーム「逆転オセロニア」にてサウンド制作を担当し、ファンタジーとオセロという異色の組み合わせを違和感なく溶け込ませた華やかな楽曲を生み出す。同作ではドラマチック逆転バトルというジャンル名に違わぬ大胆な脚色が加えられたゲーム性に合わせて、彩り豊かなオーケストラサウンドが揃っている。思考力が試されるボードゲームとして、はたまた神や魔物や竜の力を借りて繰り広げる手に汗握るファンタジーRPGとして、その両方のエッセンスが組み込まれた力強い楽曲が多く収録されている。

www.youtube.com『Gold Class』(逆転オセロニア/iOS・And/2016年)

プレイヤー同士でリアルタイムバトルをおこなってポイントを奪い合うクラスマッチのうち、五段階のクラスのちょうど真ん中に位置するゴールドクラスにおける対戦で流れるのがこの曲である。どことなくタンゴやフラメンコを彷彿させる民族音楽調のリズミカルな音使いが、脳を活性化させて思考を研ぎ澄まさせてくれるような緊張感にあふれている。アコースティックギターのメロディアスな伴奏、伸び伸びと奏でられる開放的なストリングス、清涼感に満ちた笛の音といった、それぞれ主張の激しい個性的なメロディーが、タンバリンの陽気な鈴の音やカスタネットを思わせる打楽器のビートによって統一され、一つの音楽として見事にまとまっている。リアルタイムで進行する真剣勝負を彩るにふさわしい情熱的な一曲である。

この他、最近はNHKEテレ向けの特番「えいごであそぼ with Orton」(2016年)にて、インターミッションコーナーの劇伴を務めたり、ソロアルバムとしてオリジナルのピアノ曲を収録した「Sky's The Limit」(2015年)や「あの日の空と君のうた」(2017年)を制作したりするなど、多方面で活躍している。2016年にはアコーディニオニストの藤野由佳氏とユニットを組み、民族音楽デュオRiquisimoを結成、翌年には初のオリジナルアルバムである「Charla」を世に送り出し、「心においしい音楽」をコンセプトに、楽しく優しく、ときに切なくもあるイージーリスニング系のサウンドを生み出す。直近の仕事として挙げられるのはマーベラスがおくるドラマチックファンタジーRPG「ORDINAL STRATA -オーディナル ストラータ」(2018年、サービス終了済み)大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL(2018年)での編曲であり、今年に入ってからは例年参加している音系・メディアミックス同人即売会M3で新譜を発売するなど、精力的に活動を続けている。

谷岡氏の作曲家デビューから20年以上経過したが、今後もその温もりあふれる作風を維持しつつ、今までにない新たなサウンドを紡いでいくことが期待される。

 

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最後のほうに触れたM3は非常にタイムリーな話題でして、まさに明日開催されますね。新譜が楽しみです。参考までに、今まで格納した谷岡さんの楽曲をどうぞ(思ったより紹介してこなかったようです)。