作曲家について語るコラムです。
vol.019で扱うのは桜庭統(さくらば・もとい)氏。
代表作は「テイルズ」「ヴァルキリープロファイル」「DARK SOULS」など。
なお、記事に記載された内容はすべて2019年9月14日現在のものです。
まずは一曲。
www.youtube.com『The True Mirror』(バテン・カイトス 終わらない翼と失われた海/GC/2003年)
桜庭氏の戦闘曲と言えば、数あるゲームのなかでも、数いる作曲家のなかでも、おそらく最も鮮烈な個性を放っていると言えるインパクトを誇るが、そのセンスが爆発せんばかりに炸裂しているのがこの曲である。バイオリンとオルガンが紡ぐ幻想的なアンサンブルは、通常戦闘曲とは思えないほどの気品と情熱に満ちていて、美しさのなかに激しさが、激しさのなかに切なさが、切なさのなかに力強さが、力強さのなかに再び美しさが、合わせ鏡さながらに無限に内包されているように感じられる。聴き飽きるということばとはおよそ無縁な、長時間の鑑賞に堪え得る旋律は、カードゲームのようにデッキを組んで挑む、複雑で奥深くて、それゆえに長引きがちな戦闘システムにマッチした仕上がりとなっている。
桜庭統氏、1965年生まれ、秋田県出身の作曲家。得意楽器はキーボード。幼少の頃に一時期、電子オルガンとピアノを習っていたことがある。中学・高校時代にプログレッシブロックに魅了され、大学時代はキーボード奏者として同級生らとともにプログレバンド・DEJA-VUを結成、アルバムをリリースするなど精力的に活動していた。バンド解散後、1989年にウルフ・チームに入社し、宇野正明氏や塩生康範氏とともに初期のウルフ・チームサウンドを支えることになる。桜庭氏がゲーム音楽家としてデビューを果たすのは、宇野氏との共作で手がけた歴史シミュレーション「斬~陽炎の時代~」(1989年)においてである。
www.youtube.com『乱戦』(斬~陽炎の時代~/X68/1989年)
同作は戦国時代を舞台に全国統一を目指すオーソドックスなシミュレーションゲームであるため、基本的に和風な曲調のものが多いが、そのなかでも一際、デビュー作にしてすでに力強い存在感を放っているのが、戦闘フェイズで流れるこの曲である。攻撃的なイントロ、押しの強いメロディーライン、どこか不安定ながらも中弛みすることなく展開する曲調、そのどれもが見事に調和して希有な疾走感を生み出している。プログレ・ミーツ・ゲーム音楽とでも形容したくなる桜庭氏特有の作風の、その原点と言っても過言ではない一曲である。なお、同作のオリジナル版はPC-9801向けに発売されたが、サウンドトラックは移植版にあたるX68000準拠の音源が収録されていることから、上に紹介しているのも後者である。
同作以降、「斬~夜叉円舞曲~」(1990年)や「斬II~陽炎の時代~」(1991年)など、斬シリーズに参加し続けることになる。また、RPGでは「アークスII」とその外伝「あーくしゅ」(ともに1989年、ちなみに後者はRPGではなくアドベンチャー)の音楽を担当し、シューティングでは「グラナダ」「ソルフィース」(ともに1990年)を手がけるなど、様々なゲームジャンルで活躍する。1991年に塩生氏がウルフ・チームを抜け、宇野氏も作曲から離れると、(塩生氏と入れ違いのような形で古屋亮太氏が入るも、古屋氏は主に効果音の仕事に回されたため)しばらくは桜庭氏がウルフ・チームが開発したゲームの作曲をほぼ単独で引き受け、十中八九の精度でウルフ・チーム製=作曲は桜庭氏、という図式が出来上がる。田村信二氏や初芝弘也氏が加入する1992~3年頃になると、徐々にシミュレーションRPG「緋王伝」(1992年)や「緋王伝II」(1993年)などで作曲の仕事を分担するようになる。
ウルフ・チームに転機が訪れたのは、1995年に満を持して登場したファンタジーRPG「テイルズ オブ ファンタジア」がきっかけである。同作の大ヒットを受けて、音楽を担当していた桜庭氏と田村氏(と古屋氏だが、古屋氏の担当分はごく少数であるらしい)は一躍その名が知れ渡ることになる。
www.youtube.com『FINAL ACT』(テイルズ オブ ファンタジア/SFC/1995年)
同作は過去、現代、未来を股にかけて冒険する壮大なスケール感が大きな魅力の一つだが、その雄大な世界観づくりを支えているのがフィールド曲である。なかでも終盤に訪れることになる未来のフィールドで流れるこの曲は、クライマックスに向けての盛り上がりを見事に反映した力強いロックナンバーである。ビートを刻むパーカッションの軽妙さと、シンセやトランペットが重なり合って奏でられる勇壮さが相まって、物語の最終幕を彩るにふさわしい昂揚感を目一杯漂わせている。とめどなく滲み出るスピード感が非常に心地良く、まさにウルフ・チーム時代の桜庭氏の集大成とも言うべき仕上がりとなっている。
テイルズの大成功を機に、ウルフ・チームの主要メンバーは次々と独立し、桜庭氏もフリーランスに転向する。ウルフ・チームから分裂して誕生したキャメロットやトライエースの作品を中心に手がけるようになり、前者であれば「ビヨンド ザ ビヨンド ~遥かなるカナーンへ~」(1995年)、後者であれば「スターオーシャン」(1996年)など、脱退後も比較的すぐにRPGの担当作品に恵まれる。また、テイルズシリーズには田村氏ともども、現在に至るまで携わり続けていて、氏なくしてシリーズが成り立たないほどの強烈な影響力を持つ。
1998年に音楽制作会社ティームエンタテインメントの一員に加わり、引き続きゲーム音楽の分野で活躍する。キャメロット作品として「みんなのGOLF」(1997年)およびその流れを汲む「マリオゴルフ64」「マリオゴルフGB」(1999年)などといったスポーツゲームをいくつか担当するなかで、「黄金の太陽 開かれし封印」(2001年)や、トライエース作品として「ヴァルキリープロファイル」(1999年)などのファンタジーRPGにも多く携わり、相変わらず力強い疾走感に満ちた楽曲を生み出す。
2003年にはモノリスソフトとトライクレッシェンド(桜庭氏と同時期にウルフ・チームを離れ、トライエースを設立した初芝氏が、そこから再独立してつくった会社)の共作として世に送り出された「バテン・カイトス 終わらない翼と失われた海」にて全曲を担当し、プログレッシブな作風にクラシカルな色合いを加えたサウンドが好評を博す。続編(シナリオ上は前日譚だが)にあたる「バテン・カイトスII 始まりの翼と神々の嗣子」(2006年)でもこうした音楽性は受け継がれ、同時期に発売されたトライエースの「ヴァルキリープロファイル2 -シルメリア-」においても、ロック重視の前作と比較してオーケストラ重視の作風が目立つようになる。この傾向は、クラシック音楽家のフレデリック・ショパンを題材にしたトライクレッシェンドのRPG「トラスティベル ~ショパンの夢~」(2007年)でさらに顕著になり、桜庭氏によるシンフォニックサウンドは一つの完成形に達することとなる。
www.youtube.com『Leap the precipice』(トラスティベル ~ショパンの夢~/X360/2007年)
同作はとにかく詩的で難解なシナリオが特徴だが、その実、すべてはショパンが死ぬ間際に見ている夢に過ぎない、という内容に仕上がっていて、そうした壮大さと儚さの絶妙な齟齬を違和感なく融合させたのが、通常戦闘曲であるこの曲である。ストリングス、ピアノ、コーラス、ブラス、そのどれもが最適な塩梅で絡み合うことで、幻想的で神々しく、叙情的で華々しい、見事なアンサンブルをつくり出している。間奏ですらサビに負けぬ盛り上がりを保ち続け、およそどのパートを切り取ってもただただ息を呑むばかりの美しさに満ちている一曲として、出色かつ珠玉の出来栄えを誇る戦闘曲である。
2008年には「大乱闘スマッシュブラザーズX」にてアレンジャーとしての力量を発揮し、プログレッシブな路線とオーケストラルな路線の両方を駆使する。また、同時期にトライエースのRPG「インフィニット アンディスカバリー」(2008年)や「エンド オブ エタニティ」(2010年)の他、引き続きテイルズやVP、黄金の太陽といったシリーズ作品の作曲を手がける。
2011年には桜庭氏の新たな代表作として、フロム・ソフトウェアがおくるアクションRPG「DARK SOULS」にて全曲単独で作曲する。同作は基本的には環境音のみだが、ボス戦では打って変わって重厚な戦闘曲が流れる仕組みとなっていて、コーラスやピアノを効果的に用いた陰鬱で威圧的なサウンドが、狂気的な世界観をうまく表現している。翌年にはコナミの音楽ゲーム「GuitarFreaksXG3 & DrumManiaXG3」(2012年)にて楽曲を提供し、音ゲーデビューを果たす。時期を前後して、コナミ繋がりか、トライエース繋がりか、トライエースが開発し、コナミが発売したRPG「ラビリンスの彼方」(2012年)にも作曲で携わる。
www.youtube.com『ライラックの霧』(ラビリンスの彼方/3DS/2012年)
同作ではオーケストラの生音ではなく、シンセサイザーを通した電気的な音色をふんだんに用いた幻想的なサウンドが特徴的だが、そうした音楽の方向性を早い段階で知らしめてくれるのが、最初のステージで流れるこの曲である。訳も分からぬまま、成り行きでプレイヤーは謎の少女とともに迷宮の谷底から地上を目指すことになるが、そうした状況への漠然とした不安感と、目の前に広がる美しい景観への感嘆とが入り混じった気分を、繊細で夢見心地な音使いがものの見事に表現している。音を聴くだけで、ライラックの甘い香りを容易に想像し得るような、圧倒的な臨場感にあふれている一曲である。
桜庭氏と言えば今やほとんどゲーム専門の作曲家だが、テレビアニメやドラマの劇伴も少数ながら手がけていて、特にテイルズのアニメ化の際には「テイルズ オブ ジ アビス」(2008年)や「テイルズ オブ ゼスティリア ~導師の夜明け~」(2014年)など、たびたび参加している。また、ソロアルバムも五枚ほどリリースしていて、Sound HorizonおよびLinked Horizonのライブでは時折キーボーディストとして演奏者に名を連ねるなど、かつてのバンド時代を思わせる活躍ぶりを見せることも。
ゲームの話に戻す。同じく2012年には「新・光神話 パルテナの鏡」にて、古代祐三氏や光田康典氏(ちなみに光田氏はかつてウルフ・チームでアルバイトをしていたことがあり、桜庭氏の助手をしていた)らの豪華な作曲陣の一員として、ノリノリのサウンドを生み出す。この頃からアプリゲームの作曲にも頻繁に携わるようになり、「神界のヴァルキリー」(2013年、現在の運営元はマイネット)や「SKYLOCK - 神々と運命の五つ子 -」(2014年、サービス終了済み)、「ヴァルキリーコネクト」(2016年)など、ファンタジーRPGのサウンドを多く担当する。その他、テイルズ、スターオーシャン、ダクソなど、既存のビックタイトルにも欠かさず参加し続ける。
2018年には大きめな仕事として「マリオテニス エース」と「大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL」を手がける。ZIZZ STUDIOとの共作でコンパイルハートのRPG「竜星のヴァルニール」(2018年)にも参加し、主に戦闘曲まわりを担当する。
www.youtube.com『タイブレーク(仮称)』(マリオテニス エース/NS/2018年)
同作、というより同シリーズは、テニスゲームと言えどRPGにも十分通用し得る勢いにあふれた楽曲が勢揃いしているが、タイブレーク時に流れるこの曲もまた、例に漏れずフレッシュなエネルギーに満ちている。プログレッシブなエレキギター、ジャジーなサックス、クラシカルなピアノ、ビッグバンドオーケストラの魅力がすべて注ぎ込まれたパワフルな音使いが特徴的で、新要素が多数加わって大きく進化した同作の挑戦的な姿勢をいっそう鮮烈に印象付ける。大幅にパワーアップした手に汗握る白熱の試合を否が応でも盛り上げてくれる一曲である。なお、サウンドトラックは現時点では未発売のため、曲名は便宜上の仮称とする。
プログレミュージシャンとして、ウルフ・チームのメンバーとして、フリーランスとして、実に種々様々なゲーム作品に携わり、桜庭氏は名実ともにゲーム音楽界を牽引する作曲家に上り詰めた。2019年にはデビューから30周年を迎え、これからも変わらぬ疾走感を持ち味に、いつも最先端を走り続ける氏の快進撃に目が離せない。
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一言で言えば、作風がぶれないですよね。個人的に特にラビリンスの彼方の楽曲群がどれも大好きです。参考までに、今まで格納してきた桜庭さんの楽曲をどうぞ。