植松伸夫作曲・出川和平編曲、『探索』。ワールドマップで流れます。
FFの生みの親である坂口博信氏率いるミストウォーカーがApple Arcade向けに開発した本作。多重構造の並行世界を舞台に、異次元の機械世界で目覚めた記憶喪失の青年・レオアは、旅を通じて自らの記憶を辿るうちに次元を超えた戦いに身を投じることになる。手作りのジオラマを取り込んだ緻密な質感のあるグラフィックが印象的な、前後編構成でアプリ内課金なしの正統派RPGである。前半は導入編で一本道だが、後半は世界が広がって攻略順序やキャラ育成の自由度が大きく向上する。戦闘は行動順で各キャラのターンが回ってくるタイプのコマンド式で、攻撃には有効範囲が設けられ、タップしながら軌道を引くことで敵を一網打尽にすることができる。また、その場で戦わずとも敵を異次元に送って後回しにする特徴的なシステムがあり、アプリならではの手軽さや隙間時間との兼ね合いを意識した現代的な設計に仕立てられている。その一方で、フィールドのつくりやフレーバーテキストの充実ぶり、ボス戦の歯応えなどを中心にクラシカルな面影がある。総じて精巧さが窺える仕上がりとなっている。
本作の音楽を担当するのは植松伸夫氏。FFシリーズサウンドの生みの親としておなじみのフリーランスの作曲家である。ミストウォーカー製の作品には頻繁に携わっている。編曲には氏自身の他に岡宮道生氏、出川和平氏、中山博之氏、成田勤氏も参加している。岡宮氏と成田氏は植松氏のバンド・EARTHBOUND PAPASの一員で、中山氏は主にオーケストレーション担当で植松氏やミストウォーカー製の作品と関わりがある。出川氏は音楽制作会社D-Projectの代表で、普段はもっぱら児童向け教材やアルバムのアレンジ等を手がけていてゲームの担当例はすくないが、以前FFのボーカルアルバムで演奏者として参加した経験がある。本作の音楽は往年のファンタジーらしい叙情的なオーケストラサウンドを軸としつつ、機械や並行世界といったSFらしさを反映したシンセ系のミステリアスな音色も交えることで、一種独特な温度感を生み出している。サウンドトラックは3枚組で作中劇の朗読CD付きで収録されている。
ワールドマップで流れるのがこの曲である。出だしからとろけるように奏でられるエレクトリックピアノの音色が心地良く、イージーリスニングを思わせる癒しに満ちている。イントロでたっぷりくつろいだ後、25秒からメインメロディーが加わると、一気に哀調を帯びてバラードのような詩情豊かな印象を与える。その音色、独自の広がりと繊細さのある響きは、ロシア楽器のバラライカを連想させ、50秒以降では主旋律と並行して音を小刻みに鳴らすトレモロ奏法を披露することで、じかに心に触れてくるような奥深い響きを生み出す。1分5秒からチェロのまろやかな音色が聴こえ出すと、やがて主旋律は身を潜めてエレクトリックピアノとチェロに見せ場が設けられる。しばらく甘い哀愁を漂わせた後、フルートが入って流れが変わり、今度は明るく希望にあふれた調べを紡ぐ。やがて再びメインフレーズに回帰する際には、弦を指ではじくピチカートを伴奏に添えて、ただ物悲しいだけでなく瑞々しさも感じ取れるようになる。いつの時代、どこの次元でも通ずる旅の醍醐味が詰まった一曲である。
この曲を紹介してほしいというリクエストをいただきました。リクエスト時におっしゃっていたようにメロディーから俺の屍を越えてゆけの『花』がよぎるのに加えて、個人的にはフルートの間奏からペールギュントの朝の出だしがよぎります。ぜんぶ好きです。